今回インタビューするのは、石川県中能登町で「かぶらずし」のスペシャリストとして有名な近江節子さん。
「すし」という名前がついているけれど、漬物に近い「かぶらずし」は、昔から能登の発酵食として受け継がれてきた伝統的な食文化のひとつ。実は、私たちが知っている酢飯を使った「すし」の原型と言われています。今回は、近江さんに「かぶらずし」にまつわる興味深いお話を伺いました。
■近江節子さんちの「かぶらずし」
1990年代に、農協の一角に漬物を漬ける場所があり、そこで「かぶらずし」を作っていました。2000年代に入って、その方法を思い出してまた作り始めたのがきっかけ。最初はドキドキしながら作りました。作り始めの5~6年間は、ノート見ながらメモを取りながら作っていましたが、今ではすっかり作り方は頭に入っています。
毎年、近江さんが自分で作った白かぶらを使って作ります。かぶらずしに丸いかぶを使うのは「角が立たない」という意味も含んでいるから。畑から、丸のまま使える大きさのかぶを使うようにしています。かぶのコリコリした食感が楽しめます。
かぶらずしに挟む魚で、近江さん一番のお薦めは塩鯖。脂がないさっぱりした魚で作っても、かぶらずしはおいしくない。鰤で作るかぶらずしは、もちろんおいしいけれど、値段が高くなります。近江さんは、値段も手ごろで脂ののった美味しい鯖やサーモンを使っています。
もう一つ、かぶらずしを作る大切なポイントは、糀をどれだけ美味しく作れるかにかかっています。おかゆを2合焚いて、1合の糀をいれ、1時間ごとに混ぜる。どうしても柔らかくならないときには、湧き冷ましのお湯を100㏄くらいづつ混ぜるという形で3時間のうちに作ります。時間は厳守。柔らかくなり過ぎたらもとには戻せないので、お湯の量は入れ過ぎないように注意が必要です。これも長年作っていると、感覚で覚えていくのだとか。
■かぶらずしがつなぐ、地域の絆
材料は、ほとんど自家製。だけど、近江さんだけで作れない食材もあります。力仕事など、近江さん一人ではできないことも多い。そんなときには、地域の皆さんの助けを借りて作っています。だからこそ、出来上がったかぶらずしは、助けてくれる地域の方々へのお礼を込めて、おすそ分けします。「かぶらずし」が、地域の人たちとのつながりをつくってくれているんですね。近江さんのかぶらずしが美味しい美味しいと言って、できあがる時期を待ちわびてくれている人もいるそうです。
かぶらずしは、11月中旬~2月までの寒い時期の食べ物です。気温が17度以上になると、酸味がでてしまって美味しく作れなくなるから。お正月に食べることができるように仕込み、新年の食卓に並べます。出来上がってから1週間くらいで食べきる形になるので、12月25日くらいを目掛けて各家庭で作ることが多いそうです。
「かぶらを下漬けしたり、魚や甘糀を仕込んだり、そして本漬けをしたりと、準備し始めて10日前後かかるので、その時間を計算しながら作るんや。」
かぶらずしの話をしている近江さんは、とても生き生きしています。
かぶらずしを作る作業は、12月に集中して行うことが多くなります。「子ども達からも『12月は婆ちゃんの道楽やから好きなようにせい』と言ってもらってるんや。」近江さんの笑顔が印象的です。
■近江さんのレシピを高校生が学びにくる
石川県立鹿西高等学校の生徒達が、近江さんのかぶらずしに興味を持ち、実際に自分達も作ってみたい、そしてレシピ化したいと立ち上がりました。
かぶらずしは、石川県内のいろいろな地域で作られています。地域ごとのこだわりが詰まった作り方がありますが、その中でも近江さんのかぶらずしが一番おいしいと感じたという高校生たち。最初は「こんな私が教えることなんて」と思っていましたが、高校生たちの眼差しはとてもまっすぐで、近江さんも心を打たれ、協力することを決めたそうです。
かぶらをつける塩の分量、甘糀の作り方、魚の仕込み方など、近江さんの頭の中にある作り方や目分量を、実際に作りながら分量や大きさをはかり、それをレシピという形にします。
何年か近江さんの作り方を学んでいる高校生たちもしっかり成長し、手取り足取り教えなくても自分達で作ることができるようになっていきました。高校生たちの知識の吸収力、包丁の使い方なども上達するスピードの速さに、講師である近江さんもとても感激したそうです。
こうやってレシピ化することで、今後ずっと、このおいしさが後世にもつながることにもなります。高校生たちの話をする近江さんは、一段と嬉しそうでした。
■近江節子さんにお話しを伺って
近江さんにとって「かぶらずし」作りは楽しみでもあり、いつも助けてくれている周りの方々への感謝の形であります。手間暇をかけてつくるかぶらずしには、素材のおいしさはもちろんのこと、愛情もたっぷりと含まれていることが感じられました。
絶えず笑顔でかぶらずしの話をしてくれる近江さんに、筆者も元気を貰えるインタビューでした。