オーストラリア人シェフを魅了した能登の風土と発酵食「いしりとひねずし」|「ふらっと」ベンさん&智香子さん【能登町】

綺麗な海が見渡せる高台の地で「能登イタリアンと発酵食の宿 ふらっと」を営むベン&智香子ご夫妻。ベンさんの苗字がその名前になっているように、和と洋のハーモニーを繰り出すベンさんの料理が人気の小さなお宿です。

■ 四季折々の食材で発酵食を作っています

宿の名前にも発酵食と掲げられている通り、発酵食に力を入れているふらっとさん。
「四季折々に漬けたり、干したり、何でもしてるから」と話す智香子さんに、一年を通してどのようなものを作っているのか伺うとたくさんの発酵食が。
代表的なものだと、春は鯵のひね寿司、夏はいしりで作る干物、11月にはゆうなんば、12月にはかぶらずし、そして2月にはいしりやこんか鯖などを仕込んでいるそう。

ひね寿司とは能登でのみ作られているなれずしの一種。なれずしは魚を塩と米飯で乳酸発酵させたもので、本来の鮨の形態だと言われています。ひね寿司も塩漬けにした鯵を炊いた米と山椒と唐辛子でミルフィーユ状に漬け込んで熟成させて作ります。

いしりは能登の魚醤です。ふらっとさんではイカのゴロ(内臓)を塩漬けにして、3年熟成させています。蔵の中の酵母のみで発酵させる日本最古の発酵の仕方と言われています。能登は冬寒くて、春が来て、湿気の多い梅雨、暑い夏が来て、また冬が来るという能登の気候がいしりを美味しくしてくれる。
冬の間に2000㎏ものいしりをすべて手作業で仕込んでいるんだとか。熟成後、このいしりを絞って、瓶詰めをしていきます。

ゆうなんばは所謂、柚子なんば。自家製柚子と天然塩、唐辛子のみで漬けて長期熟成させます。お鍋や麺類の薬味、お豆腐にのせるなど、様々な使い方ができます。

かぶらずしは一般的にはカブの間に鰤などを挟み込んで糀で漬け込んだもので、昔は献上品としても使われていました。能登では糀でなくて、炊いたご飯で漬けるところが多く、その分発酵に時間がかかります。

こんか鯖のこんかは「糠」のこと。鯖を米糠と塩で漬け込んだ伝統保存食です。鰯などを使うこともあります。そのままいただくととても塩辛いので、薄くスライスしてお酒のアテにしたり、お茶漬けなどのトッピングにしたりします。

■ 発酵食を代々受け継いで

智香子さんのご両親は以前、地産地消、無農薬野菜、地元の食材を使った料理を提供している民宿「さんなみ」を経営されており、予約が取れない宿として有名でした。
お父さまはいしり作りの分野で県の「ふるさとの匠」に認定、またお母さまも「農林漁家民宿おかあさん100選」に選ばれ、郷土料理を長いこと一生懸命にやってきたおふたり。

そんなおふたりから、智香子さんとベンさんも毎年一緒に発酵食を習いながら作っていたそう。
「いつも両親と一緒に作っているんですが、 なれ寿司を作ろうとしたらあるとき急に『今年からは自分で作って』と任されてしまったんです。それがちょうど10年くらい前ですかね。そこから自分たちで仕込んでいます」

「もう能登に25年住んでいますから、採れるシーズンもわかるんで。食材が取れるタイミングで思い出すんです。時々忘れても、お義母さんが『ベンさん、これもう採った?』と声をかけてくれるので『あ~ 今採るよ~』と」と豪快に笑うベンさん。今でもお義母さんたちの存在は欠かせないようです。

22歳の息子さんが、最近なれ寿司を引き継ぐことに。そのなれ寿司がとても好評だったのだそう。息子さんも発酵食が大好きだそうで、沢山の発酵食を引き継いでくれることでしょう。

■ お祭りはベンさんによるひね寿司品評会に

「能登の発酵食は気候に左右されるものが多いんです。この気候じゃないとできないというのもあるし、その気候をコントロールすることはできないので、その時どきの気候とともに作っていくことが大切なんです。レシピはあるけれど、気候や気温などが違ったりするので、同じ人が作っても全く同じにはならないですね」

お祭りの時には「『今年のひね寿司はこんなんです』って感じで出すんですよ」と笑う智香子さん。
そして、「ひね寿司作ったし、食べてください」とご友人や近所の方々がベンさんの前にひねずしが並べ、品評会のようになるのだそうです。

■ スーパー魚醤、いしり

智香子さんによると、いしりは実は日本三大魚醤の中で一番生産量が多く、そして旨味もいしりが一番多いのだそう。「ほんとはスーパー魚醤ねん」。

イタリアンにいしりと聞くとちょっと意外かもしれませんが、元々イタリアンにもガラムやコラトゥーラといった魚醤を用います。ベンさんはいしりをじゃがいもスープ、パスタ、ドレッシング、魚に塗って使ったり、乳製品と合わせたりなど、様々な使い方をしています。地元の方もふらっとさんの食事をいただいて「あ、こうやって使うんや」と新しい発見があるようです。

ひね寿司の発酵したご飯を使ってソースを作ったりと、無駄なく使っています。ふらっとさんレシピでは乳酸発酵してヤギのチーズのような味のソースの上にグリルした魚をのせたお料理もあるそうで、聞いただけで食べてみたくなります。

他にも、アンチョビに近い味のこんか鰯は料理にコクが出るので、ペペロンチーノに使ったり、ソースにしたり。こんか鰯の糠もおいしいので、アヒージョを作ったときに少しこの糠を入れたり、軽く炒ったものをご飯にふりかけのようにして食べても、美味しいんだとか。

■ ベンさん&智香子さんにお話しを伺って

遠く故郷を離れ、能登の土地や食に惚れ込んだオーストラリアのシェフが、今ではすっかり能登の人になっていらっしゃいました。能登の発酵食品を使いこなすベンさんは、多くの日本人以上に日本の伝統食を大切にされているようでした。

ただ発酵食を楽しむだけではなく、この能登の地の季節や自然全てを楽しんでいるベン&智香子ご夫妻でした。

店舗情報

名称ふらっと
住所石川県鳳珠郡能登町矢波27−26−3
TEL0768-62-1900
URLhttps://flatt.jp/

能登の醸しびと